はじめに(反省)
改めて本編を見返すと随分長く重くしてしまったな…と思ったので、直接創作に関わる部分に絞って改めてまとめました。
「ステレオイメージ」や「音の広がり感」とは一体何者なのか、その測り方、作り方、注意点についてのお話です。
音の広がり感とは
一言で言えば、人は左右の耳に「ちょっとずつ性質やタイミングの違う音」が入ってくると音に広がりを感じます。
具体的には「ステレオの左右で波形の振幅がどのぐらい違うのか」ということが重要になってくるのですが、話すと長くなるので気になる方は本編を参照してください。
広がり感の測り方
そんな広がり感ですが、実はこれを具体的に測ろうとする方法はいくつかあります。よく使われるのは リサージュメーター(リサジュー、フェイズスコープ、ゴニオメーター) というメーターです。私は大体 Ozone Imager で表示できるこんな感じのものを利用しています。
音に反応して青い点がぽつぽつとプロットされていきます。
大雑把に言えば、
青い点の集団が縦方向に長ければ左右で同じような音の成分が多く含まれていることを意味し、
横方向に長ければ左右で違った音の成分が多く含まれていることを意味します。
音の広がりは「ちょっとずつ性質やタイミングの違う音」が左右の耳に入ってくることで感じるので、横方向の広さが音の広がり感の強さを示します。
ただし、この広がり感は必ずしも「音の立体感や空気感が優れている」ということを意味する訳ではなく、ただ純粋に「漠然とした広がり感の強さ」を表すものです。もっと言えば「どれだけモノラルではないか」を表していると考えても良いかもしれません。
Mid/Sideとリサージュメーター
Mid/Sideというのは、ステレオの2チャンネル音声を左(L)と右(R)の2つではなく、左右で共通する成分(Mid)と左右で違う成分(Side)の2つに分ける考え方です。
リサージュメーターでは、
縦方向の長さが左右で同じような成分の大きさ
横方向の長さが左右で違う成分の大きさ
なので、
縦方向の長さがMid成分の大きさ
横方向の長さがSide成分の大きさ
となります。
横方向の長さは「音の広がり感」を表すものでもあるので、
「広がり感が強い = Side成分が大きい」
ということになります。
広がり感の作り方(基本編)
では具体的に広がり感を作るための方法を一通り紹介していきます。
ステレオイメージャー
一番簡単な方法は「ステレオイメージャー」と呼ばれるプラグインを使うことです。
フリーのものだと iZotopeのOzone Imager や、 Polyverse MusicのWider がよく使われます。
それぞれ音の傾向は違いますが、どちらもスライダーひとつで音を広げられる便利なプラグインです。
空間系エフェクト
残響効果を加えるリバーブや、やまびこ効果を加えるディレイなどのいわゆる「空間系エフェクト」は、使い方次第でいろんな空間を表現できます。広い空間を表現しようとすれば広がり感も強くなります。
フリーだと、ディレイにもリバーブにもなる少し特殊なタイプですが Valhalla Supermassive がめっちゃ優秀です。(はじめての方はとりあえずプリセットを触ってみるといいでしょう。)
モジュレーションエフェクト
私は普段あまり使わないですが、コーラス・フランジャー・フェーザーなど「音をうねらせる」エフェクトを使っても音の広がり感を強められます。
種類によって広がり感が強いタイプと中央にまとまるタイプの差が大きいので、音を広げたいときはリサージュメーターを見て確認しながら選ぶといいでしょう。
Mid/Side処理が出来るイコライザ
もっと直接的にMidとSideのバランスを変えてしまってもええやん!ということで、イコライザなどを使って直接弄るのもアリです。そうすると「特定の音域だけ広くしたい/狭くしたい」という時にも柔軟に対応できます。
Mid/Side処理が出来るフリーのイコライザだと MeldaProductionのMEqualizer が良いかなと思います。はちゃめちゃに多機能なのでイコライザの操作に少し慣れてから触れてみるといいかもしれません。
音を広げすぎると危険?
ここまで音を広げるための方法を紹介してきましたが、実は広がれば広がるだけいい、という訳ではなくて、いくつか困った状況が起こることもあります。
スピーカーでの干渉
実はMid成分とSide成分は、音波としての性質上それぞれ干渉の起こり方が異なります。なので、音の広がり感を極端に強めてSide成分が多くなると、スピーカーで流したときに聴き手の距離や角度によって音のバランスが変わってしまいます。
それを例えば映画作品や野外でのイベントなどで意図的に引き起こすのならとても面白いですが、そうでなければ環境によって聞こえ方が大きく変わってしまうのは避けたいところです。
ミキシングの難航
音の広がり感が強すぎる状態では、音の空間的なイメージや方向感覚が崩壊してしまうことがあります。そうなるとトラックごとのバランスを整えたり左右バランスを振り分けたりといったミキシング作業にも影響が出てきます。
その先は地獄です…。(実体験)
広がり過ぎを確認する方法
1. とりあえずリサージュメーターを見る
まずはマスタートラックにOzone Imagerなどリサージュメーターの付いているプラグインを挿して様子を見てみましょう。ある程度の目安になります。
- 振幅の分布がほぼ縦長になっていれば基本的に大丈夫です。(市販の曲もほとんど縦長に分布します。)
- 曲中ずっとでなければ円形っぽい分布になる区間があっても大体は大丈夫です。
- 曲全体を通して円形〜横長の分布が続く場合は広がり過ぎている可能性があります。
もしちょっと怪しい形で推移していたとしても、最終的には次に説明するようにモノラル化したりスピーカーシミュレーターを通して違和感がなければOKです。
2. 定期的にモノラルやスピーカーシミュレーターで音を聴く
広がり過ぎている場合、モノラルで再生すると聴こえ方が大きく変わります。
もちろん、元々ステレオだったものを無理やりモノラルにするので多少聴こえ方が変わるのは当然ですが、それでも明らかに雰囲気が変わってしまったり特定のトラックが聞こえなくなってしまう場合はイメージャーの設定などを見直してみましょう。
また、モノラルで確認するのではなく、スピーカーっぽい特性や広がり感を再現する「スピーカーシミュレーター」のプラグインを利用するのもおすすめです。
最近私はDOTEC-AUDIOのDeeSpeaker というスピーカーシミュレーターを使っています。
モノラルに近い状態での聴こえ方を確認するついでに、低音域や高音域が伸び切らない環境でもしっかり鳴るか簡易的にチェック出来るので便利です。
広がり感の作り方(応用篇)
ここからは「Side成分が大きくなり過ぎないようにしながら広がり感を作る方法はないかな」と私が最近試している方法を紹介してみます。
目立たせたい音はMidへ、漂わせたい音はSideへ
Mid成分が強いと音に安定感が得られて、Side成分が比較的強いと浮遊感が得られる傾向があります。(と私は思っています。)
なので、私はとりあえずメロディなど目立たせたい音はSide成分を小さめに、伴奏などはMid成分を小さめにする試みをしています。
あまりがっつり音量を変えたりイコライザをかけたりすると不自然になってしまうので、少し慎重に調整していきます。
私は最近この処理をリバーブエフェクトの後からかけるのがマイブームです。
上手くいけば全体的な音の分離感が良くなって、見通しのいい広がり感を作れます。
Sideだけ大きいトラックがないか確認する
たまに特定のトラックのSide成分だけが妙に大きい状態に遭遇することがあります。具体的には「他のトラックと比べて広がり感が飛び抜けている」という状態です。
そうなるとどんなに音量調整をしたりイコライザをかけても上手く馴染まなかったり、目立って欲しいのになんとなく控えめに落ち着いてしまったりすることがあります。
とはいえ音源やエフェクトを大幅に変えて音のイメージを変えたくはない…という時は、Sideだけイコライザをかけたり音量を落としたりすると綺麗にまとまることがあります。
私はお気に入りの弦楽器音源がSide成分の中低音だけ大きくなりやすいので、イコライザで軽くカットしながら使っています。(それさえ上手く乗り切れれば深みのある良い音がするんです…!)
そんな時Side成分だけを聴けたら便利ですが、私は TBProAudioのISOL8 (たぶん読みは"isolate") というプラグインの力を借りています。ISOL8は他にもMid成分(モノラル)だけ抜き出したり、特定の音域だけ音を消したり、いろんな条件を指定して音の聴こえ方をチェックすることが出来たりします。
おわりに
広がり感を作り込むのはとても楽しいので、興味があれば是非試してみてくださいな。
あ、もしも作業途中で違和感を感じたら一度手を引くのも賢明な選択です。
質問などあればbayashiまでお願いします。